ハムザ表記法入門

柴田道広

§1 はじめに

一般に「声門閉鎖音」と訳されるハムザは、表記法が極めて複雑です。たとえば動詞 سَأَلَ (尋ねる)の場合、能動態の完了形ではハムザはアリフを台にして أ と書かれますが、受動態の完了形では سُئِلَ とヤーゥを台にして書かれ、受動分詞では مَسْؤُول とワーウを台にして書かれるという具合です。

仮に、このようなハムザの書き分けが個々の単語のレベルに留まっているのであれば事は簡単でしょうが、厄介なことに、その変化は動詞の活用形や名詞の派生形、更には分詞類にも及び、その結果、ハムザの表記法に関する基礎的な知識がないと、辞書がまともに引けないことになります。

では、ハムザはどのような場合に أ と書かれ、 ئ と書かれ、 ؤ と書かれ、あるいはまた مَاء ()のように単独で ء と書かれるのでしょうか。当然私たちはこのような疑問を抱くわけですが、残念なことに、この疑問についてわかりやすく答えてくれる参考書は現在までのところ、ほとんど見当たりません。管見によれば、ハムザの表記法について体系的な知識を与えてくれるのは、後藤三男氏が訳出されたW・ライト「アラビア語文典」(ごとう書房刊、以下「文典」)ただ一冊ですが、この参考書はもともと専門家向けに書かれたものであるため、記述が多岐にわたっていて、初学者が読むとかえって混乱してしまいます。そこで以下、「文典」の記述をベースにして、いくつか不足事項を補い、ハムザの表記法についてわかりやすく述べてみることにしました。


§2 ハムザの表記を決定する要因

ハムザの表記を決定する要因は以下の3つです。

(a)ハムザの位置

(b)ハムザが持つ母音の種類

(c)ハムザが語中または語末にある時は、直前の音節の母音の種類

(a)はハムザを含む音節が語頭にあるか語中にあるか語末にあるかという、単語中の位置の問題です。(b)はいわゆるスクーン(無母音)である場合も含めて、そのハムザがどのような母音を持つかという問題です。語頭に立つハムザの場合は(b)の要因だけでほぼ一義的に表記法が決まりますが、語中または語末にあるハムザの場合は、更に(c)が要因として絡んできます。そこでまず、最も単純な、語頭に立つハムザの表記法から見ていきましょう。


§3語頭に立つハムザの表記法

(1)語頭に立つハムザは次に述べる(2)の場合を除き、自身が持つ母音の種類にかかわらず、常にアリフを台にして書かれます。

自身が母音 [a ] を持つ場合

() أَب ()أَخ (兄弟)أَوَّلُ (最初の)أَكَلَ (食べる)

自身が母音 [u ] を持つ場合

() أُمّ ()أُخْت (姉妹)أُولَى (最初の・女性形)أُسْتَاذ (教授)

自身が母音 [i ] を持つ場合

() إِمَام (導師、イマーム)إِطَار (枠組)إِبْرَة ()

(2)ただし例外的に、母音 [a] を持つハムザが語頭に立ち、かつ直後に①無母音のハムザ付きアリフ(= أْ )、または②長音化を示すアリフ(= ا )を従える場合は、両者は融合・合体して آ (マッダ)に変わります。

の変化は、たとえば語頭ハムザ動詞の基本形の未完了形・1人称単数形で起こります。この人称では語頭に母音 [a] を持つアリフを接頭辞として立て、続く第1語根のハムザをスクーンに変えますが、この結果、母音 [a] を持つハムザと無母音のハムザ付きアリフが連続することになるからです。

()動詞 أَكَلَ (食べる)の未完了形1単: آكُلُأَأْكُلُ (取る)の未完了形1単آخُذُأَأْخُذُ

の変化は、たとえば語頭ハムザ動詞の第Ⅲ形の完了形で起こります。この人称では第1語根を長音化するので、母音 [a] を持つハムザと長音化を示すアリフが連続することになるからです。

()動詞 أَمَرَ (命令する)の第Ⅲ形・完了形3単男: آمَرَأَامَرَ (相談する)

なお、このマッダへの変化はあくまで、語頭に立つハムザが母音 [a] を持つ場合に限られます。他の母音を持つ場合は、語頭のハムザは常にアリフを台にして書かれます。


§4 語中に位置するハムザの表記法

既に§2で述べたように、語中に位置するハムザの表記法は、①先行する音節の母音の種類と、②自身の持つ母音の種類の組合せによって決まります。

あらためて断るまでもなく、アラビア語の母音は [i][u][a] の3種だけですが、ハムザの表記法を見る際には無母音(スクーン)の場合も考慮に入れなければなりません。従って①②とも4通りの場合があり、理論的には 4 × 4 で都合 16 通りの組合せが可能なわけですが、アラビア語では無母音の音節が連続することはないので、「直前音がスクーンでハムザの母音もスクーン」という組合せは存在しません。従って、残るところ 15 通りの組合せを考慮すればよいことになります。

ここで説明の仕方として二通りのやり方が考えられます。一つは①の「先行する音節の母音の種類」を優先項目に立て、その中で②の「ハムザ自身の持つ母音の種類」に応じて分類・記述していく方法です。もう一つは逆に、②の「ハムザ自身の持つ母音の種類」を優先項目に立て、その中で①の「先行する音節の母音の種類」に応じて分類・記述していく方法です。これは言ってみれば、両方の母音の組合せの総数を①×②と見るか②×①と見るかの違いなのですが、説明としては後者の方がすっきりしていて、記述にも便利です。本稿はハムザの表記についてわかりやすく解説することを目的にしているので、便宜的に後者の方法を採用し、語中及び語末に位置するハムザの表記法について概略を述べようと思います。では早速、 ハムザ自身の持つ母音の種類を基準にして、その表記法が先行母音の種類に応じてどのように変化するのか見ていきましょう。

(1)母音 [i] を持つ語中のハムザの場合

まず、最も優勢なのは母音 [i] を持つ語中のハムザで、このハムザはヤーゥの台が大のお気に入りです。そして直前の母音がスクーンを含めてなんであれ、決してヤーゥの台から離れようとしません。言ってみれば、母音 [i] を持つハムザは、いつも安楽椅子にふんぞりかえっていて他人のことなどお構いなしの社長さんのような存在です。その具体的な例を見てみましょう。

先行母音が [i] の場合;台はヤーゥのまま(一般式: فِئِ )

() تُقْرِئِينَ (語末ハムザ動詞 قَرَأَ の第Ⅳ形 أَقْرَأَ の未完了形・2単女/貴女は読ませる)

先行母音が [u] の場合;台はヤーゥのまま(一般式: فُئِ )

() سُئِلَ (語中ハムザ動詞 سَأَلَ の受動態/彼は尋ねられた)

先行母音が [a] の場合;台はヤーゥのまま(一般式: فَئِ )

() رَئِيس (首長)سَئِمَ (飽きる)تَقْرَئِينَ (語末ハムザ動詞 قَرَأَ の基本形の未完了形・2単女/貴女は読む)

先行母音がスクーンの場合;台はヤーゥのまま(一般式: فْئِ )

() أَسْئِلَة (質問・複)جُزْئِيّ (部分的な)بَدْئِيّ (初めの)

(2)母音 [u] を持つ語中のハムザの場合

次に優勢なのは母音 [u] を持つ語中のハムザです。このハムザはワーウの台がお気に入りで、原則として ؤُ と書かれますが、直前に母音 [i] が来た場合だけは例外で、いやいや台をヤーゥに変えて ئُ と書かなければなりません。言ってみれば、母音 [u] を持つハムザは、社長さんにだけは頭が上がらない部長さんのような存在です。その具体的な例を見てみましょう。

先行母音が [i] の場合;台はヤーゥに変わる(一般式: فِئُ

() يُقْرِئُونَ (語末ハムザ動詞 قَرَأَ の第Ⅳ形 أَقْرَأَ の未完了形・3複男/彼らは読ませる)

先行母音が [u] の場合;台はワーウのまま(一般式: فُؤُ

() رُؤُوس (頭:複)شُؤُون (こと・複)كُؤُوس (コップ・複)

先行母音が [a] の場合;台はワーウのまま(一般式: فَؤُ )

() قَرَؤُوا (彼らは読んだ)يَقْرَؤُونَ (彼らは読む)

先行母音がスクーンの場合;台はワーウのまま(一般式: فْؤُ )

() مَسْؤُول (責任がある)مَسْؤُولِيَّة (責任)

(3)母音 [a] を持つ語中のハムザの場合

その下に位置するのが母音 [a] を持つ語中のハムザです。このハムザはアリフの台が好きなのですが、直前に母音 [i] が来るとヤーゥに、母音 [u] が来るとワーウに、それぞれ台を変えなければなりません。言ってみれば、母音 [a] を持つハムザは、社長さんと部長さんには頭が上がらない課長さんのような存在です。その例を見てみましょう。

先行母音が [i] の場合;台はヤーゥに変わる(一般式: فِئَ )

() مِئَة ()رِئَة ()تَهْيِئَة (準備:語末くぼみ動詞 هَيَّأَ の第Ⅱ形の動名詞)تَهْدِئَة (沈静化:語末ハムザ動詞 هَدَّأَ の第Ⅱ形の動名詞)

先行母音が [u] の場合;台はワーウに変わる(一般式: فُؤَ )

() سُؤَال (質問)مُؤَسَّسَة (企業)مُؤَشِّر (指標)

先行母音が [a] の場合;台はアリフのまま(一般式; فَأَ )

() مِدْفَأَة (ストーブ)تَأَخُّر (遅延)مُكَافَأَة (報酬)سَأَلَ (尋ねる)رَأَى (見る)قَرَأَتْ (彼女は読んだ)

[注]但し、先行母音が長母音 [a:] の場合は例外的فَاءَ 単独表記されます。これはアリフを台にすると فَاأَ のようにアリフの柱が2本並び立ってしまうからです。

() قِرَاءَة (読書)إِضَاءَة (照明)مَسَاءَة (欠点)جَاءَتْ (くぼみ語末動詞 جَاءَ の完了形・3単女)سَاءَلَ (語中ハムザ動詞 سَأَلَ の第Ⅲ形・3単男)

先行母音がスクーンの場合;台はアリフのまま(一般式: فْأَ )

() مَسْأَلَة (問題)مَرْأَة (女性)هَدْأَة (静けさ)فَجْأَةً (突然に)يَسْأَلُ (彼は尋ねる)

(4)無母音のハムザ

最も哀れをとどめるのは無母音(スクーン)のハムザで、直前に母音 [i] が来るとヤーゥに、母音 [u] が来るとワーウに、更には母音 [a] が来るとアリフにそれぞれ台を変えなければなりません。言ってみれば、無母音のハムザは、社長さんにも部長さんにも課長さんにも頭が上がらないヒラ社員のような存在です。その例を見てみましょう。

先行母音が [i] の場合;台はヤーゥに変わる(一般式: فِئْ )

() ذِئْب ()بِئْر (井戸)جِئْتُ (私は戻った)اِسْتِئْجَار (賃借)

先行母音が [u] の場合;台はワーウに変わる(一般式: فُؤْ )

() مُؤْتَمَر (会議)رُؤْيَة (見ること)مُؤْمِن (信者)لُؤْلُؤ (真珠)لُؤْم (下劣)

先行母音が [a] の場合;台はアリフに変わる(一般式: فَأْ )

() رَأْس ()كَأْس (コップ)فَأْر (ネズミ)رَأْي (意見)فَأْس ()شَأْن (こと)بَأْس (不幸)قَرَأْتُ (私は読んだ)


§5 語末に位置するハムザの表記法

語末に位置するハムザの表記法は、ほとんどの場合、語中に位置するハムザの表記法と変わりませんが、以下の条件に該当する場合は異なります。

(1)語末に位置する母音 [u] を持つハムザが母音 [a] に先行された場合

既に述べたように、語中に位置する母音 [u] を持つハムザが母音 [a] に先行された場合はワーウを台にして ؤُ と書かれますが、語末に位置する時は例外的にアリフを台にして أُ と書かれます。

() مَبْدَأ (原則)مَلْجَأ (避難所)يَقْرَأُ (語末ハムザ動詞 قَرَأَ の未完了形・3単男/ cf. 同・3複男: يَقْرَؤُونَ )

(2)直前の母音が長母音である場合

直前の母音が長母音である場合、語末に位置するハムザは単独表記されます。

直前の母音が長母音 [a:] である場合

() مَاء ()هَوَاء (空気)مَسَاء (夕方)سَمَاء ()شِتَاء ()صَحْرَاءُ (砂漠)دَوَاء ()كَهْرَبَاء (電気)وَرَاءَ (後方に)جَاءَ (来る)غَدَاء (昼食)عَشَاء (夕食)

直前の母音が長母音 [i:] である場合

() دَفِيء (暖かい)يَجِيء (彼は来る)

直前の母音が長母音 [u:] である場合

() سُوء ()مَقْرُوء (読まれた:動詞の受動分詞)لُجُوء (避難)

(3)直前の母音がスクーンである場合

直前の母音がスクーンである場合、語末に位置するハムザは単独表記されます。

() ضَوْء ()شَيْء (もの)قَيْء (嘔吐)جُزْء (部分)دِفْء (暖かさ)

なお、上記の例の先頭の3語は一部の参考書では「二重母音」として扱われますが、アラビア語の文法用語にはなく、 وْ يْ も他の子音と同様スクーンとして扱われます。


§6 まとめ

*以上、語中及び語末に位置するハムザの表記法をまとめると、下表のようになります。

自身の母音



[i]

[u]

[a]

[∅]



先行母音

[i]

فِئِ

فِئُ

فِئَ

فِئْ

[u]

فُئِ

فُؤُ

فُؤَ

فُؤْ

[a]

فَئِ

فَؤُ *1

فَأَ *2

فَأْ

[∅]

فْئِ

فْؤُ

فْأَ

----


*1 語末にある時فَأُ なる。

*2 直前の母音が長母音の時は、 فَاءَ と単独表記される。

*3 以上のすべてにおいて、語末にあるハムザは、長母音またはスクーンの音節に先行されると、 فَاءٌ ، فَوْءٌ などと単独表記される。


[*本論はアラビア語「塾」通信第7号に載せた拙論から一部を抜粋したものです。]